Thursday, December 30, 2010

社会主义主体·商业逻辑·潘晓讨论

賀照田氏(中国社会科学院文学研究所)は、次のような問題を提起しています。

1 中国は伝統的に、倫理をきわめて大事にする社会であり、中国の社会主義教育も、理想主義色の強い教育であるというのに、改革開放が始まって20年もたたないうちに、中国社会は、表面的には、日常生活がもっとも商業論理に貫かれ、日常的な心理がもっとも商業的雰囲気に影響される社会になってしまった。それはなぜだろうか。
2 中国人は昔から、生活を楽しみ、苦しみを耐える力に長けた民族であると思われてきた。それなのにどうして、短い間に、中国の自殺率がこれほどの速さで上昇しているのだろうか。
これらは、ほかの民族にも共通して現れている資本主義の問題、モダニティの問題、または社会的不公正の問題に原因があるのか、それとも、資本主義やモダニティ、不公正といった問題以外に、李珍景が注目する、中国における社会主義の歴史に関係があるのだろうか。

李珍景(Yi Jinkyung)氏は1980年代の韓国における学生運動の中から登場してきた思想家であり、賀照田氏との継続的な対話の中で、「中国における社会主義の実践は社会主義的主体を生み出さなかった」と指摘した、とこの賀照田氏の記事(《当代中国精神的深层构造》)にはあります。思索の中で賀氏が注目を寄せるのは、1980年という時期にひところ論争を巻き起こしたある書簡です。それは、『中国青年』という雑誌に寄せられた、潘暁という読者からの一通の手紙です(原文をリンクしておきます)。社会主義の理想と文革中に体験した現実との狭間で人生の意義という問題に直面する手紙の書き手(実は「潘暁」はペンネームで、二人の人物が関わっていました)は、「主観的には自分のために、客観的には他人のために。一人一人が自らの存在価値を高めていくことに努力すれば、結果的に人類全体が進歩して行くに違いない」というとりあえずの結論を導き、これが、80年代以降の市場化/資本主義下の文脈の中で、利己主義的個人像を社会的に広く正当化する言説に重なっていきます。
賀照田氏には、《从“潘晓讨论”看当代中国大陆虚无主义的历史与观念成因》(《开放时代》2010年第7期)という長大な論文があり、この潘暁の投書が巻き起こした当時の論争とその思想背景について粘り強い思索を行っています。
中国における社会主義を考えることは、つまり、中国における20世紀を考えることになります。20世紀の社会主義運動と新国家における社会主義建設はいったい何をもたらしたのか、そして、「革命」とはいったい何だったのか。つまり、社会主義革命における啓蒙という問題枠の中で20世紀を問い直すことが賀氏にとっての問題意識であり、それは、「救亡か啓蒙か」という二者択一の中で歴史が形成されたという1980年代の新啓蒙主義的ナラティヴによっては回収され得ない歴史のすがたをえぐり出そうとするものだと言えます。そして同時に、これは倫理的理想主義に訴えることなしに社会主義を構想できるのか、という問いでもあるでしょう。汪暉氏が同じ『開放時代』の2010年第10期で論じた魯迅の啓蒙論(《声之善恶:什么是启蒙?-重读鲁迅的《破恶声论》》)は、この問いに対する一つの回答の試みであるということも可能かもしれません。しかし、まだそれは回答としては明らかに不十分です。なぜなら、辛亥革命前に書かれた魯迅のテクストを社会主義に結びつけることは到底不可能ですから。問題は、魯迅のこのテクストにも、同じころに『四惑論』を書いて「公理」を徹底的に批判した章炳麟にも共通する多元的個人主義の主張が、実は、資本主義システムの論理に対する批判ではなく、それを支えるものとなっているのではないかということです。それは、ポストモダン思想に対する反省にもじゅうぶん通じる問いであることは間違いありません。彼らの伝統批判・礼教批判が五四新文化運動の推進力につながっていったのだとしたら、その過程上で育まれた社会主義的近代は、いったいどのような道徳的主体像を構想し、具体化しようとしたのでしょうか。
儒家的社会主義ということばが一部では力を持ちつつある今日的状況(このアイデアには日本から発信された中国社会論も影響を与えているようですが)とも相俟って、賀照田氏の問題提起は同時代中国論として重要な内容を含んでいると思われます。






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