Friday, June 10, 2011

『中国が読んだ現代思想』

いつかは出るべき本が、最良の著者を得て出版されました。王前『中国が読んだ現代思想:サルトルからデリダ、シュミット、ロールズまで』(講談社選書メチエ、2011年)です。

中国を語る言葉は、本当はもっとずっと早くから、広く開放されていなければなりませんでした。なぜなら、中国語で紡がれる膨大な言説には、西洋の言語が広く刻み込まれているからです。その歴史はさかのぼれば20世紀の初めに、梁啓超たちが日本語経由で西洋の近代思想を広く紹介したことに始まるでしょう。その後、文革時代に一時西洋の言語は潜行化しましたが、1980年代以降、いまに至るまでは本書に詳しく紹介されるとおり、怒濤のような西洋受容が続きます。それは、アンヌ・チャンがコレージュ・ド・フランス教授就任記念講演で言及したとおり、「アメリカと中国をハイウェイで結んだ」結果でした。
もはや、中国語の思想世界は主に英語で発信される知の先端を知ることなしには理解できないものになっています。しかし、その当然の事実を俯瞰できるコンパクトな見取り図を描くことは、これまでだれの手によってもなされてきませんでした。王前氏は、日本でバーリンを中心とする西洋政治思想史研究に従事する中国人研究者です。このような知の橋梁役として、彼以上の適任者をわたしは知りません。講談社選書メチエという極めてアクセスしやすいかたちで公刊されたことも、中国に関心はあっても近づきがたさを感じていた研究者や学生の幅広い読者にとって益すること大です。
うれしい出版です。早く読まなきゃ!

2 comments:

ラシオン said...

中国の書店に行くと、日本では名前も聞いたことのないような思想家の翻訳本が出ているので驚きます。この本は、日本で知られている人が中心みたいですが。
私は中国で、ラインホルト・ニーバーの翻訳(政治学者だと理解されているみたいです)を買い込んできました。

石井剛 ISHII Tsuyoshi said...

ラシオンさま:
貴重な情報ありがとうございます。
浅学にしてわたしはまだ読んだことがありませんが、ニーバーのような神学的政治学が受け入れられる土壌はいまの中国にあってもおかしくないと思います。例えば、2002年に劉小楓が政治神学アンソロジーの中で、ニーバーやティリッヒ、メッツなどを訳載しているのは、わりと初期の例でしょう。
刘小枫编《当代政治神学文选》,吉林人民出版社,2002年