Monday, November 23, 2009

旷新年论张承志:日本与中国

下で紹介した、『読書』最新号掲載の旷新年《以卵击墙》は、張承志の著作活動を、村上春樹の「卵」に喩えて、その近著、《敬重与惜别:致日本》(中国友谊出版公司,2009年)を紹介・評論しています。村上春樹の有名な演説もまた、とっくに中国語に翻訳されているということで(李华芳译《与卵共存:村上春树耶路撒冷文学奖获奖辞》)、このあたりは全世界の動向に関心を張り巡らしている中国の知識界らしい素早さで相変わらず驚きですが、曠新年氏は、これを引きながら、張承志氏の日本論を、日本と中国のモダニティの問題へと広げて、味わい深い評論を展開しています。
村上春樹は、壁にぶつかれば壊れる卵の側に立ち続けることこそが小説家の価値であると述べていたのですが、このことばが日本というナショナリティに重ね合わされると、たちまち両義的になってしまうことは、歴史を顧みれば明らかなことです。それは、西洋という「壁」に挑戦するために、自らがアジアの「壁」となっていった歴史であり、その歴史を背負う限り、村上春樹の小説家宣言は、額面通りのナイーヴなものではあり得ないのです。张承志=旷新年は、村上春樹に連なる系譜として、岡倉天心、堀田善衞らをなぞりつつ、一方で、徹底して「卵」の側に立つことができないまま近代を通過してきた日本のモダニティ特有の性質が今日まで反復していることを指摘し、そして、その事実を無垢な立場から断罪するのでなく、アジアにおけるモダニティの深刻な現実として内在化しようとしています。それらは、最終的に、もう一度、このような未完のモダニティにおける文学の意義に関する警句に収斂していきます。

張承志において、文学とは重苦しいものだ。彼からすれば、中国文学はいわゆる「純文学」ではあり得ない。(中略)張承志はわたしたちに注意を促す。「わたしたちの文学は、相変わらず屈辱の時代にいる。」(中略)彼の著作は村上春樹の「卵で壁を撃つ」という、魂を撃ち抜くようなメタファーを思い起こさせる。魯迅はかつて言った、「文学は余裕の産物である。」と。魯迅は早くから「純文学」という考え方を受け入れて提唱していたのだったが、わたしたちが深く考えるべきなのは、魯迅自身はけっして純文学作家ではなかったということだ。張承志が小説の創作を放棄したことについて、わたしはかつて魯迅が小説の創作を放棄したことと同列に並べ、その小説創作放棄を惜しんだことがある。もっとも、小説の創作をやめたことについて、張承志自身にははっきりとした理由があった。彼は物語を作り出す才能に欠けているのだと謙遜しているのだ。しかし、張承志が小説の創作を放棄したことは、彼の文学に対する理解と関係があるのだとわたしにはやはり思われる。彼は、中国は相変わらず散文の国であるとよく言う。彼が散文を重視し、それについて独自の見方をもっているということは、中国古典文学の伝統を彼が高く買っていることを示しているだろう。それに対して、小説に対して疎遠になったことは、近代的文学観に対する彼の深い不満を表しているのだ。

では、ここで言う散文、ここで言う魯迅の一連の非小説的著作は文学ではないのか、と言えば、まさに竹内好は、これこそが文学であると述べていたのですし、それらは「卵と壁」の比喩において結びつけられます。日本と中国(という並置を可能にしたのは、やはり時代の変化でしょうか)のモダニティが抱えるであろう深刻なひずみは、21世紀の最初の10年が終わろうとしている今日にあってもなお、向き合い続けていくべきアクチュアルな現実であることを、この文章は再確認させてくれます。

村上春樹スピーチ全文"Always on the Side of the Egg"はこちらから。中国語版もあります。

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